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2019.3.28「山陰の旅 国宝 松江城」

「山陰の旅 国宝 松江城」

娘の結婚式前に5日間鳥取の墓参りを兼ねて、大津経由の山陰の旅を計画。大津プリンスを後にして、阪神、中国道から鳥取有料をとおり、9号線でこの日の宿泊地「三朝温泉」に到着。翌日は三朝温泉をスタートして、島根の名湯 玉造温泉に宿をとりました。その前に松江で国宝 松江城を訪ねます。天守閣は千鳥が羽を広げたような優美さで別名千鳥城と呼ばれる美しい城です。松本城など他の国宝の城同様に昔の天守が残っており、天守に至る階段は急階段。4歳の孫は恐がることなく、上り、下りを一人で歩き切りました。

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市内からも高台にある天守閣が一望できます。

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松江城の礎を築いた 堀尾吉晴の像がお出迎え。

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桜の開花に合わせての「お城まつり」の準備中。まだ、桜は咲いていません。

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三の丸から見る天守

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二の丸からの天守。石垣の積み方は「野面積み」、「打込みはぎ」、「切込みはぎ」などが見られる。石には提供した家の目印が付いているのが確認できます。

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本丸から見る天守。昔の面影をそのまま残す天守でさすが国宝。

場内は観覧できます。入場料は500円。昔の城なので敵が天守に乱入しても登りにくいように階段は恐ろしく急です。

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天守のしゃちほこ。「鯱」は、向かって左が「雄」で鱗が荒く、右が「雌」。木彫り銅張りで、高さは2.08m。
 
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「穴蔵の間」と呼ばれる貯蔵庫として使われていた地下には井戸があり 飲料水が確保できるようになっていました

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これは珍しく始めてみました。木材を無駄なく使うために継木してくさびで留めていました。柱の周囲に厚い板を張って固定しているので「包板」というそうです。

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後藤又兵衛の甲冑があります。松江城との関係は調べましたが不明。

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明治維新の廃城のなかで、地元の有志により松江城が現存する形で維持されたそうです。

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殿様のいる4階、5階には特別な意匠が階段の手すりにも施されています。曲線の手すり。また、殿様用のはばかりもありました。大小便はどのように処理されたかは不明。また、店主を支える柱は張りから立ちあがっていました。

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天守。眺めは一望。高い建物がないこともあり、素晴らしい景観です。

◎松江城(ウィキペディア)
別名・千鳥城。現存天守は国宝、城跡は国の史跡に指定されている。この他に日本さくら名所100選や都市景観100選に選ばれている。天守が国宝指定された5城のうちの一つである(他は犬山城、松本城、彦根城、姫路城)。

別名 千鳥城
城郭構造 輪郭連郭複合式平山城
天守構造 複合式望楼型 4重5階地下1階(木造 1607年築 現存)
築城主 堀尾忠氏
築城年 1611年(慶長16年)
主な改修者 京極忠高
主な城主 堀尾氏、京極氏、松平氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 現存天守、石垣、堀
指定文化財 国宝(天守)
国の史跡 再建造物 櫓、門、橋

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2018.7.1「浜松駅から浜松城までぶらり散歩」

「浜松駅から浜松城までぶらり散歩」

姪の結婚式で久々に浜松に来た日。浜松には8時20分に着き、結婚式まで時間があったので浜松駅から2キロほどのところにある浜松城公園までぶらり散歩。

駅のロッカーに荷物預けてらくちん歩き。それでも暑い日で汗が吹き出します。駅からは徳川家康ゆかりの場所をめぐるコースも用意されていますがそれほど魅力的な名所もないので最短コースで浜松城を目指します。

浜松城は二の丸、本丸に加えて、天守台に天守閣を復元した城で珍しいのは二の丸、本丸が天守台を囲むのではなく直線的に並んで高さをましています。これは「真田の本城」でも見られましたが平城では珍しいものと思います。当日はちょうど浜松市市政記念日で天守閣等の入場料は無料でした。天守閣の中は博物館になっていましたが、大型扇風機が回っていて、冷房がないため、汗が吹き出します。3階まで上がるとそこが天守。浜松市が一望されます。徳川家康が岡崎城に移るまでの17年間を過ごした城は出世城と呼ばれています。もっとも、私には関係ないか。

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駅から20分ほど歩くと高台の上に城が見えてきました。市役所の裏というところです。

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本丸はそんなに広くない。中央に、徳川家康像が鎮座しています。

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本丸から坂を上ると天守台。天守台から天守閣を眺める。下の写真は、上の写真を撮ったのがこの道の先。下り道の先は本丸。

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天守門の石垣の正面には大石がはまっています。城郭巡りをすると時々見かけます。

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野面積(のづらつみ)は古い形態の石垣で自然のままの石や粗削りしただけの石を積み上げた石垣。そのため石と石の隙間も大きくなります。積み石の間の石は「間石」と呼ばれますが、単に隙間を埋めるだけでこれで強度が確保されるものではありません。

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天守楼。共通券で中にはいれますが、本日は無料。

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天守閣。右の階段を上ると天守に入れます。入場料200円。本日は市制記念日で無料。

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天守閣に入ります。

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3階が天守。二の丸は市役所と学校が建っています。

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右側が徳川家康の具足

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徳川家康の人形が、この迫力。館内は博物館となっています。なんとなく「たぬき」に似ています。

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天守台の井戸。解説版にあるように天守閣内にも井戸があり、拝観できます。

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ぶらり散歩のつもりがお城に入り、大汗かくことに。暑い日ですが、本丸の藤棚の下のベンチにすわり、しばし、休憩。さわやかな風か吹いて、汗がひきます。

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浜松城は「野積み」の石垣で有名で石垣の解説が多い。金沢城とは大きく異なる古い城。

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浜松城を出て、すぐのところにこの松。「鎧掛松」。鎧をかけるには小さく、さらに、城外とは・・・・。解説版を読むと三代目の松で場所も違うところにあったよう。拍子抜け。

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浜松駅に帰る途中で托鉢の僧に出会いました。一服の絵のようです。

暑い日でしたが、ぶらぶらと浜松を歩きました。浜松城は「出世城」というのであやかりたいものです。

◎浜松城
徳川家康が遠州攻略の拠点として築いた城で、元亀げんき元年(1570)6月に入城し、17年間在城した。
東西600メートル、南北650メートルの規模で、南の東海道に大手門が開き、東から西へ三之丸、二之丸、本丸、天守台と連なり、順次高さを増す。家康の後、城主は代々普代大名が勤め、在城中に老中まで栄進した人が多い。石垣は野づら積みと呼ばれる堅固な作りで、古い石垣の特徴をよく残しており、浜松市の史跡に指定されている。

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2017.9.12「金沢城の石垣巡りがおもしろい」

「金沢城の石垣巡りがおもしろい」

金沢の香林坊のホテルに宿泊して、悪友3人と夜の街で遊んだ翌日。早起きして、散歩がてら金沢城を一周。散歩コースに、石垣の展示や観光ルートの案内看板。どうやら、金沢城の石垣の積み方には3種類あるらしい。面白いので見て回りました。金沢城には天守閣がないので石垣巡りはお勧めです。

石垣には次の3つの積み方があるそうです。城内に標本がありました。

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自然石積み

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荒加工石積み

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切石積み。築城当時にこの技術に感心。拍手もの。

この標本で理解して石垣巡りをすると興味深いです。実際の石垣を見に行きます。

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いもり堀の前の石垣は「谷積み」という明治時代のものです。

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石垣としては三層とな、壮観です。「荒加工石積みでしょうか。

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「自然石積み」。石にはそれぞれマークがしるされていて興味深い。合印と考えられ、石がずれないように合わせる印。

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「自然石積み」。城内最古。

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こんな意図で積み上げられた石垣もあります。

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右と左で積み方が違います。

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粗石加工積みにはたくさんのいろいろな合印が。

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数少ない城内に残る建物の「三十三間堂長屋」の石垣。

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見事な切石積み。当時の石工はとぜうやってこんなに精巧な加工をしたのかな。

◎金沢城址公園
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☏ 076-222-1326
石川県金沢市里見町42-2
営業時間 [平日]17:00~23:00 
       [日祝日]16:30~21:30
日曜営業
定休日 月曜日

2017.4.24「長野県飯山の桜の名所 飯山城址 桜満開」

「長野県飯山の桜の名所 飯山城址 桜満開」

長野県飯山市の桜の名所はたくさんあるが、一番に訪れたいのは飯山城址。先週の木曜日(4月20日)に桜祭りがはじまったとのことで、訪れた際には二の丸、三の丸、本丸は三分から五分咲きだったのに、わずか、5日後に訪れてみると桜満開。今週末が満開と思っていただけに桜の開花の予想は難しい。つぼみでも環境次第で一気に咲くんですね。ここ数日の日中20℃を超える気温のためかな。

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お城の二の丸への道の桜。見事な古木が満開。

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水仙と桜はビューポイント。バックがピンク色に染まり、黄色が浮いて美しい。

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満開の桜の間から見る千曲川

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本丸の葵神社の桜。

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飯山城址の桜は樹齢数百年の物が多く、枝を大きく広げた姿は壮観。真ん中に人がいますが、そのスケールがよくわかります。

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飯山城址の門の桜並木

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石垣の上を見上げるとしだれ桜が満開。ここのしだれ桜の並木は美しい

風に桜の花びらがかなり舞っていたので週末には葉桜かな。

<参考>4月20日の飯山城址の開花状況
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広い駐車場に車を停めて、石垣の上を見上げるとしだれ桜が三分咲き。ここのしだれ桜の並木は美しいのですがまだまだ。

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お城の二の丸への道の桜も三分咲き。

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ここも水仙と桜はビューポイントですが桜がまだまだ。バックがピンク色に染まり、黄色が浮いて美しいのに。

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満開の桜の間から見る千曲川もまだこんなによく見えます。

◎飯山城址
千曲川西岸の丘陵に築かれた平山城。古くは飯山常岩に所領をもった土豪・泉氏の居館。上杉謙信が武田軍に対する防衛拠点として修築し、階段式に郭(くるわ)を配し、千曲川が外堀の役目をなす堅固の城を作り、度重なる武田軍の攻撃にも落城することはなかった。 本丸跡や 本丸石垣が残る。
弘治年間(1555~1558)の北信濃侵攻を進める武田信玄に屈した高梨政頼が、本領の中野を退き、飯山城主となる。しかし、永禄4年(1561)、政頼は春日山城に移った。
その後、武田との戦乱で北の備えとしての役割を果たし、武田氏滅亡後は上杉景勝が本格的に普請し、城下町も整備。

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2016.9.14「真田家の本城跡に行ってみた」

「真田家の本城跡に行ってみた」

NHK大河ドラマ「真田丸」もいよいよ大阪冬の陣で佳境。そんな時に、県道4号線沿いに広がる真田の郷に立ち寄りました。「真田館」は観光客で一杯なので、真田の本拠の城「松尾城」に行ってみました。松尾城は「真田本城」とも呼ばれています。
県道4号線沿いに、案内板がたってます。細い道を登ると数台が停車できる駐車場があります。真田丸で観光客が増えたのか立派なトイレが新築されてました。
真田氏の本拠だけに真田の郷や支城群が見渡せる要害の城です。もっとも、城はありません。本郭、二の郭、三の郭が尾根伝いにに縦に配置されていて、各郭の両側は急な崖で敵は本郭か三の郭のどちらからか攻め込み、順番に落とさないといけない造りとなっています。さすが、真田氏です。築城は真田昌幸の父、真田幸村の祖父の幸隆。

真田の郷が広く見渡せ、家族で弁当を広げてのんびりするのにも良い場所です。

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駐車場の先に見える立派な建物はトイレ。

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入口から歩くとピクニックにぴったりの広場。すがすがしいです。

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ここからも真田の郷が一望です。

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本郭(本丸)。手前には高い土塁があります。標高は895m。手前の碑は漢学者 新田大作の漢詩。「真田氏本城」と題したもの。

   山嶽幾重連陣営(山嶽幾重か陣営連なる)
   縦横布置緻行兵(縦横の布置行兵緻なり)
   今朝錦繍一望遠(今朝錦繍一望遠し)
   覇業遥思古本城(覇業遥かに思う古本城)

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本郭からの真田の郷の眺め。各支城がある尾根や山が見えます。

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支城砥石城のある山が正面に見えます。

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本郭、二の郭、三の郭が尾根伝いにに縦に配置されていて、各郭の両側は急な崖で敵は本郭か三の郭のどちらからか攻め込み、順番に落とさないといけない造りとなっています。

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二の郭。尾根沿いに歩くと細長い道沿いにありました。両側は掛けです。

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三の郭。二の郭の先にあり、同じように両側は崖です。

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三の郭から眺める地蔵峠。大雪の時に飯山への往復はこの峠を使用しています。

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本郭に登る山道の途中にある地蔵に六文銭型のお賽銭。一部、乱れてますが。

「真田にて 勝鬨聞こえる 城の秋」 BY まうんてんぼーい

◎真田本城(ウィディペギア)
戦時用の山城。平時の政務機能は麓にある真田氏館に置かれた。真田盆地の対峰に要害の地戸石城を望み、更に周囲の峰々にも数多くの支城群が連なり、単体の山城ではなく真田盆地を取り囲む山城群の司令部的存在と考えられている。
別名「松尾城」とも呼ばれるが、その場合、鳥居峠方面にある支城「松尾城」は松尾古城と区別して呼ばれる。
所在地: 長野県上田市真田町長5029−3

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